ジャンクワードドットコムのスタッフブログ

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ついつい触っちゃうアプリ!ネットの繋がりもいいけど家族との時間も大事にしたいよね

こんにちは、ともっちです。

今日もいつものようにパソコンの前に座って、世の中の出来事を眺めています。

国立病院機構久里浜医療センターが発表した報告によると、10代から20代の若者のうち、およそ6パーセントの人にSNSを病的に利用している疑いがあることが分かりました。

これを日本全体に当てはめると、約140万人という非常に大きな規模になるそうです。30代以上の世代ではこの割合が1パーセント以下にとどまっているのに対し、若い層での依存傾向がはっきりと目立つ形となりました。

また、そうした利用者のうち3割近くが、スマホなどの使い方をきっかけに家族へ激しい言葉をぶつけたり、手を上げたりした経験があるという結果も出ています。

逆に家族から同じようなことをされたケースも2割近くありました。背景には、孤独感や周りの人との関係に対する不安が隠れているようです。

2018年の調査時と比べると、ネット全般への依存が疑われる人の割合は2倍以上に膨れ上がっており、低年齢化が進んでいる実態が浮き彫りになりました。

このお話を読んで、僕が一番胸を痛めたのは、家族との関係についてです。SNSって、本来は誰かと繋がるための楽しい道具のはずですよね。それなのに、その道具を使っていることが原因で、一番身近にいる大切な家族とぶつかってしまう。これって、すごく悲しいことだなって思うんです。

10代や20代のみんなにとっては、SNSはもう生活の一部というより、体の一部みたいなものなのかもしれません。

学校の友達とのグループトークにすぐに返信しないと仲間外れにされるかも、という不安や、タイムラインを追いかけていないと自分だけ取り残されるような感覚。僕らの世代以上に、見えない繋がりへのプレッシャーが強いんだろうなと想像します。

でも、その不安を解消するために画面に没頭して、そのせいで目の前にいるお父さんやお母さんと喧嘩になってしまうのは、本末転倒というか、心が休まる暇がなくなってしまいますよね。

病的な利用という言葉は少し重く響きますが、それだけ自分の意志ではコントロールできないくらい、今のアプリやサービスは人を引き込む力が強いんだと思います。

専門家ではありませんが、WEBの仕事をしている僕だからこそ、少しだけお伝えできることがあります。

私たちが使っているアプリやSNSは、「どうすればもっと長く使ってもらえるか」ということを、世界中の頭の良い人たちが一生懸命考えて作っています。

例えば、画面を下に引っ張って更新する動作や、次から次へと新しい動画が流れてくる仕組み。これらは、次に何が出てくるかわからないというワクワク感を生み出すように設計されているんです。

また、通知のアイコンが赤色なのも、人間の目が自然と引き寄せられる色だからと言われています。これらは魔法ではなく、私たちの行動をさりげなく促すためのデザインの工夫なんですね。

僕たちの意思が弱いからやめられないのではなく、やめにくいように作られている側面もあるということを知るだけで、少しだけ自分を責める気持ちが減るかもしれません。

僕もたまにやるのですが、意識的にスマホを置く時間を作ってみるのはどうでしょうか。例えば、ご飯を食べている間だけはスマホを別の部屋に置いておくとか、寝る前の少しの時間だけは本を読んだりストレッチをしたりするとか。

ネットの中の世界はキラキラしていて刺激的ですが、そこにある情報は、誰かが切り取った「最高の瞬間」でしかありません。それと自分の毎日を比べて落ち込んだり、常に誰かの反応を気にして疲れてしまうのは、本当にもったいないことだと思うんです。

僕は、週末にときどき、スマホをカバンに仕舞い込んで近所を散歩することがあります。ただ歩くだけなんですけど、風の匂いや、道端に咲いている小さな花、すれ違う近所の人の挨拶など、画面の中では決して味わえない「本物の感覚」に出会えます。

そうすると、不思議と心が穏やかになって、ネットで見かけた誰かの成功や、返信が遅いことなんて、どうでもよくなったりするんですよね。

もし、今これを読んでいるあなたが「なんだか最近、ネットの付き合いに疲れたな」とか「ついつい触りすぎて家族と気まずいな」と感じているなら、まずは深呼吸をしてみてください。SNSは、あなたが楽しく過ごすための手段であって、あなたを縛り付けるものではありません。

140万人という数字の中には、きっと誰にも言えずに悩んでいる人がたくさんいるはず。でも、その画面を一歩離れれば、あなたを大切に思っている人や、綺麗な景色が必ず待っています。たまには電源を切って、温かい飲み物でも飲みながら、自分自身をゆっくり休ませてあげてもいいんじゃないかな。

 

どこにでもある刺激よりも、沖縄に流れる風と静寂に身を任せたい理由

こんにちは、ねっこです。

沖縄県北部のやんばるエリアに誕生した大型施設、ジャングリアを巡る状況が芳しくないようです。運営側は半年間で約65万人が訪れたとしていますが、内部からは、隣接するスパの利用客を合算した数字であり、本来の集客は目標の半分程度に留まっているという指摘が出ています。

現地を訪れた方からは、夕方の早い時間にアトラクションが止まってしまうなど、運営の不安定さを嘆く声も上がっているようです。さらに厳しいことに、金融関係者の間では運営会社の倒産危機まで囁かれています。

手がけた親会社も過去の事業での苦戦が続いており、新たな融資を受けるのが難しいという暗い見通しが報じられました。会社側はこれらの危機説を否定していますが、かつて名を馳せた立て役者が指揮を執るプロジェクトだけに、この失速ぶりは多くの人に衝撃を与えています。

どれほど優れた計算や宣伝があっても、最後はその場所へ行く人の心が価値を決める。当たり前のことですが、それを改めて突きつけられたような気がします。

沖縄の北部という、空港からも遠く、移動だけでも一苦労する場所に、わざわざ人工的な刺激を求めて行く人がどれだけいるのでしょうか。

やんばるの森は本来、その静寂や手付かずの自然こそが最大の魅力です。そこに巨大な箱物を作って、どこかで見たことがあるような体験を詰め込んでも、旅慣れた人たちの心には響かなかったのかもしれません。

マーケティングの手法で無理やり作り出した熱狂は、冷めるのも早いものです。一度行って満足して終わり、という場所では、今の時代は生き残っていけないのでしょう。

今回の件で私が気になったのは、現地での運営が追いついていないという点です。夕方に乗り物が止まってしまうような事態は、訪れた人への敬意が欠けているように感じられてなりません。遠路はるばるやってきたお客さんの気持ちを置き去りにして、数字の帳尻だけを合わせようとしても、その歪みは必ず現場に現れます。

また、リピーターがつかないという点も致命的でしょう。今の私たちは、ただ消費するだけの遊びには飽きています。その土地ならではの空気を感じ、そこでしか得られない心の震えを求めているんです。

派手な模型や仕組みに頼るあまり、沖縄という場所が持つ本来の力を軽視してしまったのではないか。そんなふうに思えて仕方がありません。

施設が建てられた沖縄本島北部の「やんばる」は、2021年にユネスコ世界自然遺産にも登録された、本当に貴重なエリアです。かつては観光客もまばらで、深い森に守られた静かな時間が流れていました。こうした場所に大規模な開発が入ること自体、当時から賛否両論があったことは想像に難くありません。

こうした事業を主導している会社は、古い遊園地を再生させるなどの実績で知られてきました。しかし、既存の施設を直すのと、世界遺産に隣接するような自然豊かな場所にゼロから巨大なものを作るのとでは、勝手が違ったのでしょう。

地方再生という言葉は聞こえが良いですが、それが都市部の成功モデルの焼き増しであれば、地元の方々や、本来の沖縄を愛する旅行者から支持を得るのは難しいと感じます。

近年、私たちの休日の過ごし方は変わりつつあります。昔のように、ガイドブックに載っている有名な場所をスタンプラリーのように回る旅は、もう主流ではありません。今は、もっと自分自身の感性を大切にする旅、いわゆる「暮らすような旅」や「何もしない贅沢」を求める人が増えています。

沖縄へ行く理由を考えてみると、多くの人は、雄大な自然、青い海を眺めながら波の音に耳を傾けたり、深い森の中で木漏れ日を感じたりして、日常の疲れをリセットしたいはずです。

そんな旅の途中で、慌ただしく動き回る場所へ足を運ぶでしょうか。もし、その施設が沖縄の自然と完璧に調和し、そこにある命の尊さを学べるような場所であれば、また違った結果になっていたのかもしれません。

しかし、伝わってくるのは、運営側の資金繰りや集客目標の未達といった、どこか殺伐とした数字の話ばかりです。訪れた人が「またあの森に帰りたい」と思えるような、温かな体験が提供されていたのであれば、SNSでももっと違う反応が溢れていたはず。

結局のところ、どんなに有名な仕掛け人が関わっていても、その場所を愛し、守り育てようとする「心」がなければ、長くは続かないのでしょう。今回の報道は、私たち消費者にとっても、本当の豊かさとは何かを問い直すきっかけになるのではないでしょうか。

派手な演出で一時的に耳目を集めることはできても、その土地に根を張り、人々に愛され続ける存在になるのは、並大抵のことではありません。ジャングリアが今後、どのような形でこの苦境を乗り越えるのか、あるいは別の道を辿るのかは分かりません。

でも、願わくば沖縄の美しい自然がこれ以上傷つくことなく、訪れる人が心から「来てよかった」と思えるような、誠実な場所であってほしいと願うばかりです。

トイレのトラブルで高すぎる修理代 弱みにつけ込む人たち

こんにちは、ねっこです。

トイレが詰まるという、生活する上で避けられないトラブルを悪用した事件が起きました。逮捕されたのは、水道工事を装っていたグループの指示役と見られる男です。

このグループは、インターネットで修理業者を探した人たちの自宅へ向かい、ずさんな作業をした後で、数十万円という法外な金額を請求していました。

被害に遭った20代の男性は、40万円もの契約を無理やり結ばされたそうです。現場に来た作業員は、掃除用具すら持たずに客のタオルを借りるような有り様で、修理後には水漏れが起きるというひどい状態でした。

さらに、指示役の男は仲間に対して、客をゴミだと思って接すればいい、特にお年寄りからは適当な理由をつけて金を巻き上げろ、といった言葉を投げかけていたことが判明しています。

クーリング・オフという、消費者を守るための仕組みすら無視され、返金を求めても言い逃れを繰り返す。そんな不誠実な実態が浮き彫りになりました。弁護士の方は、こうした被害を防ぐためには、その場ですぐにお金を支払わないこと、そして作業の前に必ず見積書をもらうことが大切だと注意を促しています。

このお話を読んでいて、一番腹が立ったのは、指示役の男が放った言葉です。困って助けを求めている人を、あろうことかゴミなんて表現するなんて。自分の利益のためだけに他人を物のように扱う感覚が、どうしても理解できなくて。

トイレが詰まるって、すごく孤独で不安な時間なんですよね。水が溢れそうになって、どうしていいか分からなくて、頭の中が真っ白になる。そんなパニック状態の時に、ネットで見つけた業者が優しそうな顔をして現れたら、ついすがってしまう気持ちは痛いほど分かります。

指示役の男が、現場の人間に対して「もっと多く取ってこい」と煽っていたという話もありました。結局、そこに通じ合える心なんて最初からなかったのでしょうね。

法的にはクーリング・オフが可能でも、相手が逃げてしまえばお金を取り戻すのは本当に難しい。今の法律では強制力が足りないという指摘もありましたが、正直者が馬鹿を見るような世の中であってほしくない、と強く感じます。

こうした人たちは、私たちの焦りや「早く何とかしたい」という焦燥感を見透かしているのでしょう。だからこそ、こちらも心を強く持たないといけない。でも、それが一番難しいことだったりもします。

水回りのトラブルって、自治体が「指定給水装置工事事業者」というものを決めているのをご存知でしたか。お住まいの地域の水道局のホームページを見ると、きちんと届け出を出している業者のリストが載っています。

ネットの検索結果で一番上に広告として出てくる業者が、必ずしも安心とは限らないのが今のネット社会の難しいところです。一番確実なのは、自分の住んでいる市区町村の水道局に電話をして、どこに頼めばいいか聞くことだそうです。

夜中だと電話がつながらないかもしれませんが、あらかじめ冷蔵庫に水道局の番号を貼っておくだけでも、いざという時のブレーキになるかもしれません。

それから、火災保険の付帯サービスを確認してみるのも一つの手です。契約内容によっては、トイレの詰まりや鍵の紛失などに無料で駆けつけてくれるサービスがついていることもあるみたいですよ。自分の入っている保険を一度見直してみるのも、自衛の第一歩になりそうですね。

私も、もし自分の家で同じことが起きたら、冷静でいられる自信はありません。きっと独り言を言いながらオロオロしてしまうはずです。今のうちに、地元の水道屋さんの場所を確認したり、信頼できる誰かに相談できる環境を整えておきたいな、と思いました。

ネットの口コミやきらびやかな広告よりも、近所で長く商売をしているお店のほうが、案外頼りになることも多いものです。人とのつながりが薄れがちな今の時代だからこそ、あえて身近な場所に目を向けてみる。それが、こうした悪質な手口から身を守る、一番の近道なのかもしれません。

 

ズルは許さない!3000万円の壁は高いけれど…真面目な店主さんが損をしない社会にするために

こんにちは、くるみです。

日本で外国の方が会社を経営するための在留資格である「経営・管理」の要件が、昨年の秋から大幅に厳格化されました。これまで資本金500万円以上とされていた基準が、一気に3000万円へと引き上げられたのです。

背景には、事業の実態がない会社を作って移住を企てる不正が相次いだことがあります。調査では疑わしいケースの多くが実体のない「ペーパーカンパニー」だったという報告もあり、国会でも問題視されてきました。

すでにこの在留資格で日本に滞在している人については施行から3年間の経過措置が設けられているものの、地域で親しまれてきたインドやネパールの小さな飲食店などは、この高いハードルを前に今後の店作りをどう進めるか、大きな決断を迫られています。

お昼休みに同僚と行くカレー店には、いつも元気よくナンを運んできてくれる店主さんがいます。そういう姿を見ていると、応援したい気持ちでいっぱいになります。

でも、その一方で、ルールをすり抜けて不当に権利を得ようとする人が増えてしまったという厳しい現実も、見つめなければなりません。

資本金が500万円から3000万円へと跳ね上がるのは、経営者の方々にとって衝撃でしょう。これまで一生懸命に働いて、地域に溶け込んできた方々が「どうして自分たちまで」と動揺するのは、当然の反応だと思います。

正直に言えば、もっと早い段階で一人一人の事業実態をしっかり確認する仕組みがあれば、ここまで急激な変更をしなくても済んだのかもしれません。政治の対応がどうしても後手になってしまった印象は拭えませんし、そのしわ寄せが現場で踏ん張っている人たちに及んでいるのは、やるせない気持ちになります。

けれど、異国の地で商売をして暮らしていくというのは、本来それだけの重い覚悟と責任が伴うことなのだと、改めて襟を正す思いです。日本という場所で、法律を守り、税金を納め、社会の一員として歩んでいくためには、相応の基盤が求められます。

不正を働く人たちが野放しになり、制度が機能しなくなれば、最終的に困るのは日本で暮らすすべての人たちですから。そう考えると、今回の引き上げは、今の日本の状況においては避けて通れない、仕方のない措置だったと言えるのではないでしょうか。

真面目にお店を切り盛りしている店主さんたちが苦しむ姿を見るのは、本当に胸が痛みます。でも、この厳しい状況を乗り越えることができれば、それは「信頼される経営者」としての揺るぎない証明にもなりますよね。

ズルをする人がいなくなり、正当に努力する人がきちんと報われる社会にするための、これは大きな試練なのだと感じています。

皆さんは、街で見かけるインド料理店の看板を見て「おや?」と思ったことはありませんか。日本にあるインド料理店の多くは、ネパールの方が経営されていると言われています。いわゆる「インネパ店」と呼ばれるスタイルが、私たちの身近な食文化として定着しているのですね。

ネパールで広く食べられている代表的な定食料理「ダルバート」は、豆のスープとご飯、そしておかずを合わせた一皿です。日本のインド料理店では「バターチキンカレーと大きなナン」の組み合わせが定番ですが、これは日本の方に喜んでもらいたいという工夫から広まったものだと言われています。

お店で見かけるあの驚くほど大きなナンも、店主さんの「お腹いっぱい食べてほしい」というサービス精神の表れのように感じられて、私は大好きです。時々、メニューの隅にあるネパールの蒸し餃子「モモ」を頼んでみると、また違った美味しさに出会えるかもしれませんよ。

日本で起業することを目指している留学生にとっても、今回の条件変更は非常に高い壁となっています。これまでは「頑張って貯金すれば手が届く」と思っていた夢が、一気に遠のいてしまったと感じている若者もいるでしょう。

しかし、ビジネスの世界で生き残っていく厳しさは、日本人も外国人も変わりません。十分な資金力や経営の専門性が求められるのは、プロとして当然のハードルとも言えます。

また、日本で長く暮らしていくためには、現地のルールやマナーを正しく理解し、実践することも大切です。例えば、ゴミの出し方や夜間の過ごし方など、些細なことから地域での信頼関係は作られていきます。

どんなに美味しい料理を作っていても、そうした「信頼の積み重ね」が欠けてしまえば、お店を長く続けていくことは難しくなります。

一方で、私たち日本人の側も、ただ「外国から来た人が増えた」と不安がるのではなく、歩み寄る努力が必要かもしれません。ルールをしっかりと守っている人を正当に評価し、地域の一員として温かく迎え入れる。そんな関係性が築ければ、不自然な形での移住や不正が入り込む余地もなくなるはずです。

今回のビザの厳格化は、多くの人にとって非常に厳しいものとなります。ですが、これをきっかけに、日本で働くすべての人が「法を守ることの大切さ」と「商売を担う責任」を再確認できれば、それは長期的に見てより良い社会へ進むための一歩になるはずです。

4月から日曜の朝が賑やかになりそう!家族みんなで炭治郎たちを応援

こんにちは、ともっちです。

30代になってからというもの、日曜日の朝はゆっくりコーヒーを飲みながら過ごすのが至福の時間なのですが、そんな僕のまったりタイムにちょっとした変化が起きそうな話題を見つけました。

大人気アニメ「鬼滅の刃」シリーズが、4月5日から毎週日曜日の午前9時半にフジテレビなどで再放送されることが決まりました。これまで主に深夜帯で放送されてきたこの物語が、休日の朝という、家族みんなが顔を合わせる時間帯に登場します。

この取り組みは、これから公開を控えている映画「無限城編」の続編に向けて、さらに作品を盛り上げていこうという狙いがあるようです。

今のところ、キャラクターの認知度は非常に高いものの、国民的なアニメとしてより幅広い層に届けるためのステップとも言えそうですね。ネットでの視聴も盛んな現代ですが、地上波の再放送でどのような変化が起きるのか注目が集まっています。

いやあ、正直驚きました。鬼滅の刃といえば、やっぱり夜にじっくり見るイメージが強かったですからね。僕も妻と一緒に夜な夜なハラハラしながら見ていた一人なのですが、まさか日曜の朝9時半にお引越しするとは思いませんでした。

この時間帯って、ちょうど朝ごはんを食べ終わって、さて今日は何をしようかなあなんて考えている、一番のんびりした時間じゃないですか。そこにあの熱い戦いや、時にはちょっと背筋が凍るような鬼の描写が流れてくるわけですよね。

個人的には、あの映像を朝から見るのは新鮮だなあと思う反面、血の気の多いシーンを見て、目がパキッと冴えてしまわないか少し心配だったりもします。

でも、考えてみれば今の子供たちって、僕らが子供の頃よりもずっと感性が豊かというか、物語の奥にある悲しみとか優しさを読み取るのが上手な気がするんです。悪いやつを倒して終わり、じゃなくて、鬼にも悲しい過去があるんだよっていうあの独特の世界観。

それを日曜の朝に親子で見て、命のこととか、家族のことをポツポツと話すきっかけになるなら、それはすごく素敵なことなんじゃないかなって。

深夜に放送されていたときは、録画して後で見たり、配信サイトで自分のペースで見たりするのが当たり前でした。でも、決まった時間にテレビをつけて、同じ物語を日本中の誰かと同時に見ているっていう感覚は、やっぱり地上波ならではの良さですよね。

ネットで何でも見られる時代だからこそ、あえてテレビの前に座るっていう体験が、また新しく感じられるのかもしれません。

ここで少し、アニメの放送にまつわるお話を。今回のような深夜から朝や夕方への枠移動、あるいは再放送での爆発的な人気向上って、実は昔からよくあることみたいなんです。

有名なところだと、あのガンダムも最初の放送時はそこまで振るわなかったけれど、再放送を繰り返すうちに社会現象になったというエピソードがあります。やっぱり、良いものはいつ見ても、何度見ても、誰かに伝えたくなる力があるんでしょうね。

また、鬼滅の刃が目指しているドラえもんアンパンマンといった国民的アニメの壁。調査データによると、それらの作品は認知度が9割を超えているそうです。鬼滅も8割を超えているとはいえ、まだまだ上がある。

朝の時間帯に放送することで、普段アニメをあまり見ないおじいちゃんやおばあちゃん世代の目にも触れる機会が増える。そうやって、家族3世代の共通の話題になっていくのを目指しているのかもしれませんね。

僕らが子供だった頃の夕方の時間、学校から帰ってきて、ランドセルを放り投げてテレビをつけると、決まってアニメの再放送が流れていました。

ドラゴンボール」だったり、「スラムダンク」だったり。一度見たはずの内容なのに、なぜか毎日夢中になって見ていた記憶があります。当時の僕らにとって、あの再放送の時間は一日のうちで最も安心できる、最高に贅沢なひとときだったんですよね。

最近は、テレビ局も情報番組が増えて、夕方のアニメ再放送枠ってなかなか見かけなくなってしまいました。でも、今回のニュースを見て、あのみんなが同じ物語を共有していた空気感が少しだけ戻ってくるような気がして、なんだか嬉しい気持ちになったんです。

今はYouTubeなどのショート動画で面白い部分だけをサクッと見るのが流行りですが、30分間じっくりと物語に浸る。その時間の使い方が、忙しい現代の大人にとっても、実は必要なリラックスタイムになるんじゃないでしょうか。

日曜日の朝、まったりしながらアニメを見る。そんな、なんてことないけれど平和で幸せな風景が、4月からはたくさんの家庭で見られるようになるといいですね。

完璧を目指すよりも大切なこと…婚活の深すぎる悩み

こんにちは、くるみです。

今日も爽やかなお天気ですね!私は朝からしっかり身体を動かして、エネルギー全開でPCに向かっています。皆さんは最近、心が動かされるような出会いや出来事はありましたか。

今日は、婚活に関するお話を見つけたので、皆さんと共有させてくださいね。

年収800万円で38歳、見た目も清潔感があってマッチングアプリではお付き合いもできるのに、なぜか結婚相談所では全くうまくいかない男性の事例が紹介されています。

彼は自分なりに努力し、マナーも完璧で丁寧な対応を心がけていました。しかし、その丁寧さが逆に「他人行儀」や「感情が見えない」といった印象を女性に与えていたようです。

結婚相談所という場所では、条件の良さだけでなく、一緒に生活する未来を具体的に想像できるかが重視されます。

プロフィールが模範解答すぎたり、メッセージに自分の想いが乗っていなかったりすると、お相手は「自分に興味がないのかな」と不安になってしまうのです。

今の時代、スペック以上に「共感」や「つながり」といった人間力が、パートナーに選ばれるための鍵になっているという内容でした。

年収800万円を稼ぐようになるまで、どれだけ努力して、お仕事に打ち込んでこられたんだろうって。清潔感に気を使っているのも、きっとお相手への敬意の表れですよね。それなのに「決め手に欠ける」と言われてしまうのは、本当にもどかしいだろうなと感じます。

私もスポーツをずっとやってきたので、フォームや基本をきっちり守る大切さはよく分かります。でも、試合で一番大事なのは「絶対に勝つぞ!」という熱い気持ちや、仲間との阿吽の呼吸だったりします。婚活も、もしかしたら似ているのかもしれませんね。

型通りの挨拶や、誰にでも当てはまるような丁寧な言葉遣いって、安心感はあるけれど、ドキドキや「この人じゃなきゃ!」という特別感には繋がりにくいのかもしれません。

私も20代で独身ですが、もしお相手がずっと敬語で、どこか壁があるような感じだったら、自分の素顔を見せていいのか迷っちゃう気がします。

「よければ〇〇に行きませんか?」と誘われるより、「くるみさんと一緒にあそこの美味しいお店に行ってみたいんです!」ってストレートに言われた方が、私はすごく嬉しいですし、心が動きます。

勇気を出して自分の感情を乗せるのって、少し恥ずかしいけれど、それこそがお相手への一番の誠実さなのかな、なんて思いました。

真面目な人ほど、失礼がないように、嫌われないようにって自分を抑えてしまいがちですよね。でも、その抑えている部分にこそ、その人だけの魅力が詰まっているはず。

失敗を恐れずに、もっと自分の好きなことや、将来の夢を熱く語る姿を見せてくれたら、きっと「一緒に歩きたい!」と思う女性が現れるはずです。

最近の結婚相談所の傾向として、実は「趣味」の書き方が以前よりもずっと自由になっているみたいですよ。昔は「読書」「映画鑑賞」といった無難なものが多かったのですが、今はもっと具体的で、一緒に楽しむ場面を想像させる書き方が好まれるそうです。

例えば「料理」と書くよりも、「週末はスパイスからカレーを作るのが楽しみで、いつか家族にも振る舞いたいです」と書いた方が、温かい食卓の風景が目に浮かびますよね。

また、最近は「共家事(ともかじ)」、つまり家事を分担するのではなく「共にやる」という考え方が広がっていて、それをプロフィールに反映させる方も増えているようです。

人間関係、特にお付き合いにおいて、一番のスパイスになるのは「ギャップ」だと思うんです。今回のお話に出てきた男性は、筋トレが趣味とのことでしたが、もし彼が「実は可愛い動物の動画を見るのが好きなんです」とか「甘いものには目がないんです」といった、ちょっと親しみやすい一面を見せてくれたらどうでしょう。

一気に親近感が湧きませんか。完璧な人より、どこか隙があったり、弱みを見せてくれたりする人の方が、お相手も「私の居場所がある」と感じやすいのかもしれません。

また、メッセージのやり取りを「業務連絡」にしない工夫も大切ですよね。

  • 「今日は仕事が早く終わりました」
  • 「今日、空を見上げたら大きな入道雲を見たんですよ!なんだか元気が出ました」

どちらが心に残るかと言えば、やっぱり後者ですよね。自分の心が動いた瞬間を共有することで、お相手の心も一緒に動き始める。これって、とっても素敵なコミュニケーションだと思いませんか。

私は、どんなにデジタルな時代になっても、最終的に人と人を結びつけるのは、泥臭いくらいの「一生懸命さ」や「素直な言葉」だと信じています。

皆さんも、もし大切な人に何かを伝えたい時は、ちょっとだけカッコつけるのをやめて、心にあるそのままの言葉を選んでみてください。きっと、思っている以上に温かい反応が返ってくるはずです。

私も、皆さんに元気を届けられるように、これからも自分らしい言葉で発信し続けていきたいなと思っています!

パイプ600本を繋いだ技術 日本の海の底に眠るレアアースという宝物、ようやく一歩前進です

こんにちは、ねっこです。

日本の最東端に位置する南鳥島沖の、深さ6000メートルという途方もない海底から、レアアースを含んだ泥を引き上げることに世界で初めて成功しました。探査船「ちきゅう」が長さ10メートルのパイプを600本も連結して、気が遠くなるような深海へ到達したのです。

現在はハイテク製品に不可欠な資源の多くを海外からの輸入に頼っていますが、日本近海には世界第3位の規模とも言われる膨大な量が眠っています。

ただ、実際に私たちの暮らしを支える国産品として世の中に出回るまでには、コスト面や不純物を取り除くための施設建設など、乗り越えるべき壁がいくつもあり、10年以上はかかる見通しです。

技術の結晶と言える大きな一歩ですが、自給自足への道のりは、まだ始まったばかりのようですね。

6000メートル。富士山をひっくり返して、さらにその先に山をもう一つ重ねても足りないくらいの深さですよね。そんな真っ暗で冷たい場所に、600本ものパイプをつなげて正確に届かせるなんて、想像しただけで気が遠くなります。

普段、スマートフォンやパソコンを当たり前に使っていますけれど、その中に入っている大切な材料が、実はどこかの国のご機嫌を伺いながら手に入れているものだなんて、意識することは少ないですよね。

でも、こうして自分の国の足元、いえ、深い海の底にちゃんと宝物がある。それが証明されただけで、なんだか少しだけ、自分のことのようにうれしいです。

10年以上かかるというお話を聞くと、正直なところ、ずいぶん先だなあと感じてしまいます。でも、これまで何十年もかけて積み上げてきた研究がようやく目に見える形になったのですから、ここで焦ってはいけないのでしょう。

目先の利益だけを追いかけて近道を探すのではなく、じっくりと腰を据えて、自分たちの手で資源を守り、育てていく。そういう根気強い姿勢が、今のあわただしい世の中には一番必要なんじゃないかなって、ふと考えてしまいました。

お金がかかるとか、商売として成り立つのかとか、難しい大人の事情はいろいろあるのでしょうけれど、まずは「できた」という事実を、心から喜びたいです。誰かに頼りきりの状態は、やっぱりどこか不安ですから。

自分の足でしっかりと立つための、大切な最初の一歩。それを成し遂げた方々の粘り強さには、ただただ頭が下がります。

レアアースは「産業のビタミン」なんて呼ばれることもあります。ビタミンのように、量はほんの少しでも欠かすことができない、私たちの現代社会を支える大切な存在。それが泥の中に混ざっているなんて、なんだか不思議な感じがしませんか?

私たちが暮らしている陸地は、もう隅々まで調べ尽くされているような気がしてしまいますけれど、海の底にはまだまだ解明されていない謎が山ほど眠っているのでしょう。今回の成功は資源としての価値に注目が集まっていますが、実は海底には他にも心惹かれるものがたくさんあります。

例えば、熱い水が噴き出している場所の周りには、太陽の光が全く届かないのに、独自の進化を遂げた生き物たちがひしめき合っていたりします。光合成ではなく、化学物質からエネルギーを得るという、陸上の常識が通用しない世界。

そんな不思議な場所から、私たちの生活を支えるための泥を運んでくる。これって、少し前まではSF映画の中だけの夢物語だったはずです。それが今、現実になろうとしている。

もちろん、環境への影響を心配する声もあるでしょう。静かな海の底をかき乱してしまって大丈夫なのか、という不安。そういった懸念も含めて、丁寧に付き合っていくのが本当の意味での技術の進歩なのでしょうね。

私たちは、ついつい新しい技術や製品がすぐに手に入ることを期待してしまいますが、今回示された10年以上という月日は、自然との折り合いをつけながら、じっくりと準備を整えるための必要な時間なのかもしれません。